伊江島戦跡めぐり

沖縄戦の中でも激戦地になった伊江島。
ここで学び、平和の尊さを感じてください。

伊江島戦跡めぐり

公益質屋

昭和の始め頃、個人高利貸の暴利に泣く村民を救うためにつくられた質屋。沖縄戦で島内の建物はことごとく焼きはらわれ、かろうじて原形を保っているのはこの建物だけです。

伊江島戦跡めぐり

伊江島補助飛行場

第二次世界大戦末期、旧日本軍が土地を強制接収してつくった当時東洋一の規模の飛行場は、昭和20年、米軍が上陸するとその本拠地に。戦後65年以上経った現在も、米軍基地の面積は島の35%を占めたままです。

伊江島戦跡めぐり

団結道場

戦後、アメリカに土地を強制接収され、農作物を焼かれ、住宅を壊されたこと、そして米軍演習に対して、島民で団結して戦うために造られた青年たちの教育の場。

伊江島戦跡めぐり

ニーバンガジマル

第二次世界大戦で日本が敗戦したことを知らずにいた二人の日本兵(沖縄出身の当時28歳、宮崎出身の当時36歳)が戦後2年間、米軍の目を逃れながら樹上生活を送ったガジマルの樹。

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